スクリャービンの最終楽章

五度がずっと浮遊するような響きの和声か続き、晴れたように出現する5楽章が、とても歓喜の音楽で素晴らしいのだが、どうしてもド○クエのある曲に聴こえてならない。だからと言って、嫌いにならず、むしろ好感度は増すのだが、その流れで行き場がなくなった倚音でなかなか這い上がれない苦悩を感じるシーンも、魅惑の祠に感じてしまう。
救われるのは、グラズノフといいスクリャービンといい、最近やる音楽は終局に救われるという事だ。演奏し続けている疲労感が癒される。

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